幕末明治に活躍した人材を輩出した塾と宮崎県の関係は?


2015年の大河ドラマ「花燃ゆ」。吉田松陰といえば松下村塾。激動の幕末期には、松陰が開いたような私塾が数多く開かれました。

その内のひとつである三計塾。今でもその教えが宮崎県下で語り継がれている三計塾についてまとめてみました。

三計を教えた三計塾

江戸に開かれた「三計塾」を開いたのは、現在の宮崎県清武町出身の安井息軒。

安井息軒は25歳のときにエリートが集まる幕府の学問所・昌平坂学問所で学んだ後、帰郷。飫肥藩の藩校「振徳堂」にて教鞭をとりました。この塾では小村寿太郎も学んでいます。

再び江戸に戻り「三計塾」を開塾。塾からは睦奥宗光、谷干城、品川弥次郎など、明治の時代をつくった多くの人材を輩出しました。

(参考: 宮崎県ホームページ/宮崎県郷土先覚者ウェブサイト

三計の教えって?

一日の計は朝(あした)にあり

一年の計は春にあり

一生の計は少壮の時にあり

「一日の計は朝にあり、一年の計は元旦にあり」という言葉をよく耳にするように、実はこれに似た言葉はたくさん生まれています。

安井息軒が残した教えは上のもの。“少壮の時” とは “若くて意気盛んな時”。

宮崎県清武小学校にはこの三計の教えが刻まれた石碑がたち、生徒たちにもこの三計が語り継がれているそうです。

もう1つの教え「半九」

安井息軒が塾生に説き、自らの座右の銘とした言葉「半九」。

「百里(ひゃくり)を行く者は九十を半(なか)ばとす」という中国古典の言葉を縮めたもので、

「何事も最後までやり遂げる時は、

その終わりが最も困難であり苦労するものであるから

九分を通りこしたところをようやく半分まできたと考え

気を抜かずに最後までやり遂げることが必要である」

という意味なのだそう。

宮崎県清武町文化会館の大ホールの名称は、これにちなんで「半九ホール」と名付けられているそうです。(参考: 清武町文化会館ホームページ

安井息軒が残した書

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書『瓦全』/「為す事無くただ生き長らえる」という意味。玉砕の反対語。体も不自由となり、学制発布により塾生も減少して収入も途絶え、次男も自殺してしまうという状況の中での元旦の書。(宮崎の先人たち 安井息軒より)

安井息軒は東京にて77歳でその生涯を閉じます。書に書かれている「瓦全」は「玉砕」の反対語。“大したこともせずに生き長らえること”という意味なのだそう。

後に息軒は昌平坂学問所の教授にも任命され、明治政府からも重役を提案されるなど大変高い評価を受けていますが、晩年は裕福な暮らしからはほど遠い生活だったようです。

初まりと終わりの大切さを説いた息軒ならではの書なのでしょうか・・・

安井息軒ゆかりの地

旧宅としては宮崎県唯一の国指定史跡

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徳川宗家16代宗主徳川家達が題字を書いた記念碑がたち、庭には息軒が植えた梅の木もあります。

おまけ

「龍馬伝」で高杉晋作を演じた伊勢谷友介さんが「花燃ゆ」では吉田松陰。

「八重の桜」で佐久間象山を演じた奥田瑛二さんが「花燃ゆ」では玉木文之進、と視聴者が混乱する役者かぶりも話題になっている「花燃ゆ」。

安井息軒の三計塾で学んだ品川弥二郎を演じるのは音尾琢真さん。「龍馬伝」では望月亀弥太を演じられていたので・・・ここでもかぶっていました。笑


投稿者 宮崎豚子

宮崎豚子
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