佐々木俊尚氏 「すごい勢いで崩壊しています」ローカルメディアの可能性1

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テゲツー寺子屋の記念すべき第一回目は、作家・ジャーナリスト、そしてTABI-LABO共同編集長として活躍される佐々木俊尚さんです。
佐々木さんには、「ローカルメディアの可能性」という内容でご講演いただきました。
講演の内容を、複数回に分けて公開していきます。
今回は政治の問題について
【スピーカー】
佐々木俊尚 氏
【イベント告知ページ】
てげつー寺子屋開講記念! 佐々木俊尚さんが宮崎に来るぅ〜

 

政治の問題について

佐々木俊尚政治
今地方が置かれている状況はもう一つあり、政治の問題があります。そもそも政治をどう決めるか•••人々がこのあたりにいて、それを直接政治決定しましょう、というのが昔の古代ギリシャの直接民主制です。

良識的な中間層の声が聞こえてこない

中間層だけでなく、だいたい両側に極左や極右もいます。
今のインターネットの状況というのは、この左右の人の声が異常に大きく、そればかりが目立ってしまってあまり中央の普通の良識的な中間層の声が聞こえてこない、これが最近の問題としてよく言われています。
 
実際には、そういう直接民主制というのは難しいので間に議会が入ります。

議会が入った政治形態をする、これがどこの国でもやっている間接民主制な訳です。ところがこの議会がなかなか機能していない状況がある。

かつてはここの意見を議会がちゃんと吸い上げて、それが政治決定に結びつくということが起きたのですが、議会と人々が直接結びつくのが難しいので、この間に利益団体、地方で言うと典型的なのは農協とか漁協、あるいは土木建設関係の組合、そういうものが入ってきました。
 

田中角栄がつくったという有名な話です。

これには良い悪い、両方あります。
例えば日本の場合は戦後、高度経済成長期やその後のバブルの頃までに、地方にお金を分配する仕組みというのはこういうところを経由して分配されてきました。

田中角栄がつくったという有名な話です。

公共工事を立ち上げてダムや道路をつくり、間に土建屋さんが入ってそこにお金を流し込む、それが地方に回っていくことによって分配の仕組みができているという形です。
 
当時は批判もありましたが、今となってはそれも一つのやり方だったのではないかとして評価されています。
 
 

すごい勢いで崩壊しています。

佐々木俊尚

ところが今、皆さん地方に住んでいると分かると思いますが、すごい勢いで崩壊しています。

土建屋さんは2000年代の小泉改革の頃に破壊されたので利権団体ではなくなった。農協も高齢化と農業人口の減少によって集票力がなくなり、今や安倍政権は完全に農協の切り捨てに入りつつあります。
 

例えば商店街。

昔はよく地方のヤンキーが悪さするとボスみたいなおじさんが出てきて「何だ、お前」と怒ったりしていて•••あれは大体八百屋の親父や魚屋の親父だったのですが、そういう人たちもいなくなってしまった。

皆買い物にいくのがイオンになってしまった結果、そういう商店街ボスも居なくなってしまった。その結果、ここがすごい勢いで消滅してしまって、人々の意見を吸い上げるという仕組みがどんどんなくなってきている。

良くも悪くもここのクッションが消滅してしまいました。

どうやってつながっていいのか分からない。

佐々木俊尚の会場
そうすると、どうやってつながっていいのか分からない。例えば県議会議員や市議会員の選挙があります。

じゃあ誰に入れる?となった時、以前であれば頼みにこられたのでこの人にいれるということがあった訳です。地元の誰かに頼まれたとか、会社の誰かに頼まれたとか•••
 
最近はそれが消滅してきて、誰に入れていいのか分からない、とりあえず若そうで何かやってくれそうなイメージの人に入れる、そういう投票行為が増えてきている印象があります。

良くも悪くも共同体だった訳です。

そうするとどうなるかと言うと、こうなる訳です。
 
変な人が当選してしまう•••なんでこういう人が政治家になったのだとよく言われますが、結局他の候補に比べて若くて見た目がちょっと良かったのでなんとなく入れたという人が多かったと思われる現実がある訳です。

そういう地方の共同体が今消滅してきている•••共同体、良くも悪くも共同体だった訳です。
 
息苦しくて鬱陶しくて嫌だったけれども、一方で、それがあることによって政治やお金の分配のクッションにもなっていた共同体がだんだん消滅してきている中、どうやってもう一度新しい共同体をつくるのか、というのが今重要な課題になってきています。
 

新しい形の共同体を考えなければいけない時期

佐々木俊尚のコメント
かといって今更もう一度、農協や漁協や商店街の力を強くするという話にはならないだろうと•••

必ずそれでまた息苦しくなるのは嫌だよね、という懸念がある訳で、息苦しさもなく、かといって寂しくもない、放り出されてひとり空中をさまようでもない、新しい形の共同体を考えなければいけない時期に来ています。

第2回めに続きます